安倍首相の外遊

昨日、安倍首相が4日間で6ケ国の外遊を終えて帰国しました。
何をしに行ったのかは分かりませんが各国で歓迎を受けたようです。特にエストニアは初めての日本首相の訪問で
現地の人は喜んでるようです。

最終日はルーマニアでしたがルーマニア国民は日本訪問の際はビザは免除になったという新聞記事が
ありましたがルーマニアは9年くらい前にすでに日本訪問のビザは免除になってるのにわざわざ重なる情報
だったのでしょうか?

ルーマニアの大統領

現地の首脳と会談?

ルーマニアの友人に安倍首相訪問の理由を尋ねたら返事が
”恥ずかしいです”とありました。何が?

安倍首相が16日にルーマニアに到着して前日にルーマニアの首相が辞任しており
首脳会談を開ける状態ではなかったからです。

陽気で明るいルーマニア人はラテン系で他の東欧のスラブ系とは異なる民族です。
昔は世界で悪名高い大統領を打倒して新しい国になったはずですが実際は何も変わってません。

すでにルーマニアからは100万人以上が海外に移住してます。私の知り合いの息子もすでにウィーンに越して仕事をし最近は子供も生まれました。

IT関係の仕事でルーマニアに給料は5倍アップしかし物価はブカレストより5%高いだけなので住みやすいと話してました。

ルーマニア人の特技は外国語です。特技というより努力の賜ですが最低3ケ国語話せないと就職できないそうです。
エミレーツ航空とカタール航空はいつもルーマニアで求人広告をだしてます。
英語ができる人でなく最低流暢に3ケ国語話せる人が条件ですので就職するには4ケ国語話す必要があると聞きました。

ロシア人も語学のセンスがある人種だったらたくさんのロシア人が海外に出てるはずですがロシアではそんな現象は起きてません。語学は努力すれば習得できますがロシア人は母国であるロシアの大地に住むのが一番良いとロシア人は信じてるからですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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添乗員でソビエトへ行きました!

総合旅程管理主任者とは簡単にいうとツアーコンダクターです。
現在はツアコンになるためには試験がありますのでツアコンになるには必須ですが
私の時代はそんなものはありませんでしたのでパスポートを持ってることが必須でした。
ある時はお客さんが60名という団体、これは一人では監視できません。
無理ですと会社の担当者(ツアコンはほとんどがアルバイト)にいうと誰か知り合いでパスポートを持ってる人はいないの?と旅行会社の裏側です。
暇な希望者はたくさんいますが一応ツアコンには資質が必要です。
お客さんが見える所では必ず駆け足! お客さんの職種を事前に調べ要注意の職種の人には最初からお友達関係を作ることです。さもないとクレームが・・・

Once upon a time…ソビエト旅行添乗の思い出・・・ある夏の8月・・・
新潟からJALでハバロフスクへ。1泊して翌日、キエフへ。
キエフへ2泊してモスクワへ。
*キエフでおばさん達から大クレーム・・・お湯が何故でないの?
夏のロシアはホテルでも当時はお湯が出ませんでした。普通の事ですが怒るおばさん達には明日はモスクワですのでお湯は出るでしょう(自信なし)。
モスクワはクレムリン近くのホテルモスクワという巨大ホテルで部屋数4000室。
レストランの数も数十あり翌日の朝食の場所が分からなく朝食抜きで市内観光。
もちろん、ロシア側の専属ガイドがいるのですが夏の時期は日本語通訳が足りないということで日本語学科3日目?レベルのロシア男性でした。こいつはコネもしくはお父さんが政府関係なのか?と疑うくらいの日本語レベル。でも、親切なんですね。今から朝食に行きましょうと申し出てくれましたが昼食の時間が2時間後なのでお昼にすこし期待。

昼食は何と豪華レストラン、何か宮廷料理っぽい場所で出てきた料理は今は覚えてませんが異次元のロシア料理がテーブル一面に並べてありました。
ツアー客のも喜び20分くらいかけてテーブルの料理を食べ終わり一報し始める人も出てきました。皆さん満腹そうです!
しかし、私は次の言葉をお客さん達に(笑いをこらえて)苦しみながら告げました。

先ほどの料理は前菜ですのでこれからメイン料理が出てきます。
その時のお客さんの表情は ”えっ?”という感じです。

ロシアホテルの部屋からはモスクワ川の橋が見えて橋の上を走ってる集団がいました。
後で教えてもらったらモスクワ・オリンッピクのマラソン大会だったようです。

その夜の夜行電車はモスクワからレニングラードを走る”赤い矢号”。
私はサンクトペテルブルグには行ったことはありませんがレニングラードには行ったことがあります。有名な電車だそうですが印象は残ってません。

レニングラードは素晴らしい街というか世界遺産になるのは当然ですね。
市内観光で
あそこの公園にある小さな池が白鳥の湖の舞台ですと言われ感動。
泊ったホテルは古いホテルで部屋にはピアノが置いてありました。
ホテルの隣がサトコというレストラン(日本とは関係ありません)。

お酒の飲めない私はそのレストランでウオッカを飲みすぎたのでしょうか、ある女性が日本語で声をかけてくれました。目を覚ますと私のお客さんは誰もいません・・・。
酔ってた私は優しい日本語で目を覚ましました。米原 万里さんでした。当時は彼女もロシア専門の添乗員をしてた時代です。

レニングラードから一路飛行機でハバロフスクへ。当時はこの区間が民間機で飛ぶ最長距離でしたが機内食は二回だけ。プラスチック袋にいろいろ食料が詰め込んでありました。

翌日はハバロフクスから新潟へで度は終了。

ロシア人の現地の付き添いの人達は皆さん一生懸命に仕事をしてました。

それに比べて中国は・・・中国の事を書くと忘れた悪い記憶が戻り健康に良くないので書きません。中国のガイドたちは”手抜き、さぼり、嘘の連発”
当時の中国はレストランには高級飲料と漢字で書かれたメニュー、1元100円の時代でこの高級飲料はコカ・コーラでした。

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ウラジオストクでロシア人と日本食交流会

以前に何度かロシアで日本食料理交流会を開いたことがあります。
訪露される日本男性で料理の得意な方が時間の料理を披露してました。

当時はまだ現地には日本レストランが数軒しかなくほとんどが韓国系の日本食レストランの時代ですので
日本人が作る日本料理を招待したロシア人たちは目の前で作られる料理を珍しそうに眺めてました。

仕事柄でしょうか手術を行うような手つきで得意の天ぷらを揚げる人もいました。
出来上がったものは塩、カレー粉そして天つゆで食べてくださいと細かい指示を出してました。

私はご飯を炊く係ですが今でこそウラジオストクではいっぱんの家庭にも炊飯器が広く普及してますが当時は大鍋でご飯を炊きました。
お米を何回か研ぐのですが外野のロシア人女性たちが煩かったです。
とぎ汁が透明になるまで何故、研がないのですか?
炊く前のお米と水の量が、水をもっと入れなくては駄目ですと料理長の私に指図が出始めました。
こんな時は言い訳をするよりはっきりと
”うるさい”と声を大きくした方が効果があります。ロシアと日本のお米の炊き方が違うのでしょうね。

18歳でロンドンの日本レストランで皿洗いからロスアンジェルス、イスラエルそしてニューヨークの日本食レストランを渡り歩いた経験があります(料理ではなくウエイターでした)ので日本食を作る現場はあちこち見てます。
ロンドンの日本食レストランの親方は元は宮内庁勤め。天皇陛下の料理場だった人でした。

今でこそ日本料理は世界中で人気がありますがウラジオストクでは名前だけを知ってても実際に出されてた日本料理は外見から異なってました。でも、高価であることそして日本の歴史ある料理というのをウラジオストク人は理解してるのでみなさん喜んで食べてくれましたがそれは今も同じですね。
今は健康食ということでますます人気があるようです。

当時は料理の為の食材や調味料を日本から運んでましたが今では市内のスーパーで殆んどが入手できます。
中国、韓国製の日本食調味料はお値段は高くはありませんが日本食調味料は3倍くらいで高価です。
お米に関しては市場で日本米というのを探せば結構日本のお米に似てますので手巻き寿司をウラジオストクで
作るときはそのお米を使ってます。

ウラジオストクには寿司屋さんがたくさんあり回転寿司屋もありウラジオストク人にはすっかり溶け込んだ日本料理ですが日本人からするとお金は払いたくないと考える人もいるようです。私も同じです・・・。

次回訪問時は天ぷら用の野菜を日本から持ち込みロシアの野菜で同じように天ぷらを作りロシア人に味はどうでしょうか?
と両国の野菜の味を確かめてもらいます。

ウラジオストクで入手できる材料に注目すべき素材が二つあります。
最近、ウラジオストクの島々で養殖が始まってる ホタテとタラバガニです。

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